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靴下を履くアニメの魅力について

はじめに

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この美術部には問題がある! 6話より

 11月11日は靴下の日。靴下が1足だけだと11だが、2足並べれば11 11になる。11が二つ並びペアになることから、恋人同士で靴下を贈り合ってほしいという狙いで作られたのが靴下の日だ。また、11月2日はタイツの日、11月28日はいいニーハイの日があり、11月は履き物関連の記念日が数多く作られている。

 今回はこの靴下の魅力を伝えるために、靴下を履くアニメについて語ることにした。

本記事の目次

 ※この記事は靴下と一言で表現していますが、靴下はスニーカーソックスからサイハイソックスまで種類が様々で、またタイツもあります。それらをまとめてここでは靴下と表現しています。

靴下を履く魅力

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ステラのまほう 2話より

 アニメを見ていると時々、靴下を履くシーンが現れる。その瞬間、ドキドキした気持ちになる。すらっとしたきれいな肌色をした足が薄手の生地によって覆いかぶさり見えなくなる。その一枚の生地が隔てた境界に魅力を感じるのだ。薄い生地の内側はどうなっているのか。という想像力が働き、脱がしたいという欲求とそのままの靴下姿を眺めていたいという欲求が存在し、心は踊る。

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落第騎士の英雄譚 1話より

 特にニーハイやタイツなど膝上まである長い靴下の場合、膝下までの靴下と違い太ももまでも隠してしまい、想像がさらに掻き立てられる。ニーハイを履かせる手が足のつま先から太ももに近づく動作は見てはいけない場所へ視線を誘導しているかのようで魅力的だ。生足を見せないことによってその内側はどうなっているのか気になるのは、中身が分からない箱を開けたくなるような好奇心と同じだろうか。アニメでは、すでに靴下を途中まで履いていて、途中から最後まで履く場面が描かれていることが多い。素足から靴下を履く場面は描きにくいのか、それともカット数の問題なのか。疑問の一つだ。

靴下の色

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フリップフラッパーズ 2話より/境界の彼方 8話より

 三次元・二次元問わず靴下の色は一般的に黒か白が多い。黒の靴下は足全体を細く見せるし、白の靴下は太ももを細く見せるなど、色の心理効果を考えてファッションを決める人もいるだろう。アニメにおいては、真っ黒な靴下は少ない。アニメの靴下、特に制服の靴下は真っ黒というよりダークグレーのような暗い灰色、明るい黒色、または紺色などで重さを感じさせない配色になっている。真っ黒にしてしまうと影が付けられなくなるためや、黒色はものを重く見せるため靴下を真っ黒にしてしまうと足の身軽さや足が重く見える。そうして明るめの色を指定することにより、身軽に動いているように見せているのだろう。他にもそのアニメの色調に合わせた色指定にしていて、暗い色を使わないアニメの場合真っ黒の靴下が登場すると違和感があるから使わないというのもある。逆に白色は純白をイメージさせるかのように真っ白の靴下だったりする。真っ白に近い色合いというとベージュなどの肌色系になってしまうが、さすがに肌と靴下が同じ色のアニメはほとんど見かけない。あるとしてもタイツぐらいだろうか。ほとんどが真っ白な靴下で、影を出す色は灰色を用いられる。たまに明るい灰色の靴下を履くキャラがいるが貴重な存在だ。

靴下を履くアニメ

 今回、靴下を履くシーンがあるアニメをいろいろと探したところ、私が知らない作品も数多くあった。ここに調べた結果を一覧として載せておこう

順不同

 まだまだたくさんあるはずだが、靴下好きがいないのか検索方法が悪いのか、意外にも探し出せなかった。靴下を履くシーンがあるアニメを知っている方はぜひご一報ください。

 靴下を履く場面は着替えの中にあることが多い。むしろそれ以外で靴下を履く瞬間などほぼないわけだが。そしてほとんどの作品で靴下を履くシーンは朝の着替えであることが多い。それがなにを意味するのか。次の章で考えていこう。

着替えの中にある靴下を履く行為

 靴下を履く姿の魅力を一番表現できているのが朝の着替え。靴下を履く動作を含む着替えは家の空間から外への空間に変化することを表現する。そこから今日も一日が始まることを示してくれるのがこの朝の着替えシーンだ。ちなみに朝の着替えは学園ものアニメの一話で登場することが多い(初恋モンスター」「あんハピ♪」など)。

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少年メイド OPより

 靴下を履く行為含め着替えは一日ないしは物事の始まりを演出しやすいわけだが、朝の着替えは今日という一日が始まったことを表現しやすい行動だ。「少年メイド」「とらドラ」ではOPに靴下を履くシーンがある。特に「少年メイド」では連続した着替えのワンシーンで、毎話OPを聞きながら着替えるシーンを見ることによって、ああ少年メイドが始まったんだという気持ちになり、アニメの開始を感じさせてくれる。

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この美術部には問題がある 12話より

 また、最終回で表現される朝の着替えにもさらなる魅力を感じる。「この美術部には問題がある」12話の終わり。アニメとして最終回を迎えるけれど、この後も美術部の日常は継続していくことを朝の着替えから感じさせてくれる。作品の始まりは描きやすいけど、終わりは描きにくい。最終回の終わりに是非がある作品は色々とあるだろう。いい終わり方というのは中々難しいものだ。敵を倒すといった目的がある作品は、その目的が達成され日常が戻ってきて終わりだが、日常もののアニメに終わりという終わりはない。アニメ自体は終わるが、今後も彼ら彼女らは作品の中で日常が続いていく。そのことを「この美」12話ラストの着替えは教えてくれる。靴下を履くシーンだけでも最高なのに、意味を感じさせてくれる連続した着替えシーンは、ドキドキ感とともにワクワクする気持ちが高まります。

  人は靴下をほぼ毎日履いているが、靴下を履くぞと意識を持って履く人はいない。靴下を履く行為は毎日のルーティンの中にある一つであり、意識する必要性がない行動。しかし、一日の始まりを感じさせてくれるのであれば、少しは意識して靴下を履いてみてもいいかも。と今回改めて感じるのでした。

おわりに

 靴下を履く行為が始まりを意味するのであれば、靴下を脱ぐ行為は終わりを意味するのだろうか。そんなことを考えつつ最後にこちらの作品を紹介しておきたい。

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響け!ユーフォニアム2 1話より

 吹奏楽コンクール京都府大会を見事突破し帰宅する久美子。非日常である大舞台の大会から解放されたかのように着替え、靴下を脱ぐ。この行為は区切りをつける演出なのかというと、そうは感じない。次のカットで久美子の生足が惜しげもなく登場するわけで、そのために脱ぐシーンを入れたに過ぎない。お母さんとの会話と靴下を脱ぐことを一緒にしているし、アップでないことからもそうだろう。アニメーションは見せたいところを描くわけだが、すべてがすべて意味があるものと考えアニメを見ると疲れる。このシーンは久美子の生足を見せるためのわくわく感を出している程度と考え、終わることにする。久美子が靴下を履くシーンもあるといいのだけど。あ、逆再生すればいいじゃんというコメントはなしで。

 おしまゐ。

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